

「正十二面体づくり と 工学に生きる心得」
正多面体は辺の長さが等しい一種類の正多角形を組み合わせ、かつ各頂点の周りの面の数が等しい多面体です。正三角形による正四・八・二十面体、正方形による正六面体(立方体)、正五角形による正十二面体の五種類があります。その形や展開図はあちこちで紹介されるため、ご存じの方も多いとは思います。正多角形でできるものには他に、サッカーボール型といわれる切頂二十面体(正五角形×12、正六角形×20)などもあります。
これまでの人生で、なぜか突然、正多面体に目覚めることが何度かありました。面や展開図の作図が簡単な立方体はともかく、正三角形でも作図は面倒ですし、五角形に至ってはそうそう書けません。それゆえ、「それをつくれる新たな手段を手に入れたとき(手元の手段でできると気づいたとき)」に発作的にやっていた気がします。
いまから30年ほど前、メカトロの研究室に配属になった頃に研究室に基板加工機が導入されました。XYの2軸に動くCNC加工機の一種で、スピンドルは決まった高さの上下だけをして、ドリルや先端角90度のV溝エンドミルを取りつけ、絶縁板の全面に銅箔を貼った生基板に穴や溝を切削加工して回路基板をつくります。基板を手づくりしようとすると、従来は穴は手作業、回路形成もなにかでマスクした上でエッチング液の化学反応で溶かすという手間があったことを考えれば、ほぼ自動で基板ができる夢の機械でした。今日では、オンライン発注するだけで安価に1週間ほどで立派な基板が届くため、その魅力は薄くなりましたが、かなり使い込んでお世話になりました。
電子回路用の機械でしたが、私とっては人生初のCNC加工機でもありました。しばらくして、この機械は基板以外の加工にも使えるのではと気づいたことで、基板設計データファイルの内容を解析して、自前の座標データから加工機制御ソフト用データへのコンバータを自作して、他用途に使えるようにしました。そのとき、2mm厚のボール紙に展開図に沿ったV溝を刻んで、折って接着できるようにして、いくつか多面体をつくりました(今も本棚に転がっています)。その手段は3Dプリンタもまだ知らないころに、2脚ロボットに両眼なカメラを僅かに左右に傾けて取りつける必要があったときに、同様にボール紙に設計した展開図を刻んで組み立てて土台とすることにも役立ちました。
ときは流れて少し前、2月上旬の学部生・大学院生の発表会を乗り切り、成績表も提出した直後の疲れ果てつつも開放感に浸った頭で、ふと家に届いたばかりの正三角形などのパネルを組み立てるブロックを見かけた瞬間、「あ、3次元プリンタでつくれる」と思い立って、すぐに3DCADを開き、正十二面体の展開モデルを作図して、プリンタにかけました(年末についにわが家にも導入しており)。最初の試作のただのV溝の板だと開いてしまうので、圧入できる突起-穴構造を追加して、再出力。接着不要で組み立てられるものができました。便利な道具が出回っているよい時代になりました。
さて、基板加工機を流用したときは90度の溝しか切れなかったのですが、プリンタなら好きな溝にできます。面と面が直角な立方体なら90度のV溝で綺麗に折りたため、かつ溝の側面同士が接触して構造が強くなりますが、正十二面体だと適切な溝の角度はいくらでしょうか。検索して参考情報が一瞬で見つかるのも良い時代で、面と面の成す角の余弦(cos)が-(1/√5)で約117度とのことです。そうなるように計算して五角形の板部品に面取りをして、展開図になるように並べました(回転配列を使うとかなり手間を減らせる)。
夜中にこんなものをつくって満足していたのですが、ひとつだけ引っかかりました。この(1/√5)という「綺麗な」値はどこから出てきたのでしょう。正三角形がらみのものには√3がよく登場しますが、五角形は√5が分数式の中に登場します。それらに比べても「綺麗」です。調べると、高校生でもやれば証明できる程度のものらしく、今度は裏紙にいろいろ書き付けて解きました。でも、もっとエレガントな方法はないのかと、夜な夜な数式書いて、やっと満足な答えに到達してすっきり(“余白はそれを書くには狭すぎる”’ので詳細は略)。
ここまでの話を遠くのマニアの話と感じたかもしれませんが、このエピソードをまもなく入学してくる高校生さん向けの講義でも話しました。私はこういうことこそが、工学に大事なことだと思っています。思いついたことを実現するために手を動かすこと、その手段を身につけること、勘や経験に加えて数学的要素で補強すること、ただ結果を得るだけではなく「なぜそうなるか」を考えてみること。ネットを探せばあるであろうデータをダウンロードして使うだけではなく、考えて形づくるプロセスこそ、その後になにかで「あ、あの方法使えるかも」という経験値になるはずです。新年度は新入社員のみなさんも含め、新しいことに触れる機会の多いときだと思いますが、ただ教わることだけを覚えるだけではなく、「なぜそうなのか」「なにか他にも使えないか」と関心を持つことは大事です。
宿題です。みなさんの身の周りのツールで正多面体を作るにはどうしたらよいか、考えてみてください。今回の話の少し前に別件で偶然気づいたのですけど、私の使う3DCADだと「立方体+面取り」だけで正八面体ができます。私はサッカーボール型をなるべく手間かけずにきっちりとつくることを宿題にしておきます。
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